三寒四温を繰り返しながら、春は確実にやって来ます。フキノトウが顔を出し、タクアンを漬けました。ウグイスはまだ来ません。ジャガイモの植え付け、味噌の仕込みに取り掛かります。米は相変わらず高く、イランで戦争が始まりました。今日から WBC が始まります。妻が帯状疱疹になりました。いろんな事があり、月日は経ちます。私は元気です。2026 年度に向かって気力は充実しています。
今を去る事 40 年前、第二の人生を迎え、50 代の私はいかに生きるべきか、真剣に考えました。老後を迎える仕事と金(経済)についてどうするか、金は株と不動産に投資、銀行から金を借り 78 歳迄で返還、計画通り、子供の助けを借りながらうまい具合に行きました。仕事は自分のやりたい事、金儲けとは関係なく、生きがいのあるウォーキングの普及に努めました。「なぜ生きるか、どうして生きるか」は、人生の大きな命題です。宗教に答えを見つけました。木喰上人も宗教は歩く事に結び付いています。巡礼です。熊野詣、四国遍路(1,200km)を歩きました。仏の道を説いて全国を巡ります。
私の行き着いた仕事はウォーキングの普及です。ウォーキングは新陳代謝を促し、免疫力を高める効果があります。体は動かなければ、動かせなくなります。速く歩いたり、長く歩かなくてもいいのです。歩き続ける事が大切です。世話人には肝臓ガン、食道ガンを克服した人もいます。私も心筋梗塞大動脈瘤を乗り越えています。今は加齢性黄斑変性(失明)と闘っています。何時でも止める事は出来ます。生きている以上は闘うのが義務だと思っています。皆さんも一緒に頑張って歩きましょう。笑顔で楽しく歩きましょう。
相模原は一昔前は水の無い不毛の大地でした。人々は川筋にしか住めませんでした。井戸は 33m
掘らなければ水は出て来ませんでした。木もれびの森は木の根の保水力を利用して地下水脈を上げようとして作られた森です。いまは近郊緑地保全法で保護されています。緑道は灌漑用水路として作られました。藤沢、厚木迄延びています。今は暗渠にして遊歩道として利用されています。水は電力で何処へでも送水しています。広大な土地が在ります。相模原はこれからも発展し続けます。政令指定都市になりこれからも大きく躍進する事でしょう。
お疲れ様でした。今日歩いたのは相模原のホンの一部にしかすぎません。なにせ丹沢山も相模原です。 村田淳郎