サバ神社の由来(村田私説)




 サバ神社は境川沿いに 12 社と引地川右岸に 1 社ありましたが、東俣野の 1 社は現存しませんので 12 社あります。神社名は音(サバ)を漢字にあてはめているので左馬・鯖・佐婆・佐波・佐間と違っているものと思われます。又、「左馬頭」に任じられた源義朝や源満仲を祭神にして役職の「サマ」が濁って「サバ」になった説があります。昔から偉い人や有名人を祭神にして祭るのはよくあります。いずれにしても、はっきりとした由来はわかりません。

 「地名語辞典」によると、マレー語・ジャワ語・タガログ語で「サワ」、バタク語で「サバ」は水田のことです。稲作の伝来、伝播は日本人の食生活に画期的な変化をもたらしたにちがいありません。八百万(やおよろず)に神々が存在する我々農耕民族にとって稲作と神の結び付きはごく自然です。

 サバの神を祭った神社は南伊豆に 2 座、茨城県に 1 座、高知県に 31 座、その他、祠、末社は沢山あるそうです。その何れの神社も農耕神(農耕又は五穀豊穣の神)を祭ったものではないかと思われています。

 民俗学では、古来から水田や稲作に結びついた「サの神」が存在したといわれています。「サの神」は五(サ)月に山から坂(サカ)を下(サ)がって人間界との境(サカイ)を越えてきます。水田では五月女(サオトメ)が早苗(サナエ)を植えます。「サの神」には酒(サケ)が盃(サカズキ)にそそがれ、肴(サカナ)も皿(サラ)に盛って捧(ササ)げられます。祭壇(サイダン)の前には賽銭箱(サイセンバコ)がもうけられ、祭司(サイシ、神官)が祭祀(サイシ、祭典)をおこないます。鮭(サケ)は神がくださったものです。猿(サル)は神の使いで、山王権現(サンノウゴンゲン)の使者です。

 「サの神」に由来するサの付く言葉はいろいろあります。才気・才能は神に近い能力、寂しいは神がいないから、民謡のサンサシグレのサンサ、かけ声のヨイサッサ、サイコロ、サイの目、ひょっとしたら妻子(サイシ)は神のお使いかも、クワバラクワバラ……。数え上げれば、私達の日常生活の中に自然に溶け込んでいる「サの神」の存在を意識しないわけにはいきません。サバ神社を古来神「サの神」と結び付けて勝手に解釈し、想像の世界へ足を踏み入れてみました。

※ 左馬頭(サマノカミ)…馬や牧場を管理する馬寮(メリョウ)の長官